物凄い映画だった。→『バベル』公式サイト
映画の中で「バベル」と言う語は全く出てこないのだけど、
バベルは「意思の疎通が上手くいかない事」を表している。
映画はこんなにひどい悲劇があったものかと言う場面が物凄く続く。
後半は、観たい場面が無いぐらいにその連続。
そして、ラストで救われるかと言えば、、、
意思の疎通の難しさ。
そして、誰が悪い訳でもなく起こるトラブル。
これの映画は難しい映画と言うか、
現実にある事を観ていると言う点では、
直視する事が難しい映画に思った。
(以下、ネタバレあり)
映画の中で最後に出てきたメモについて、私の思ったところを書いてみようと思う。
パンフレットなどに謎説きが書かれていたら恥ずかしいなと思ったりもするけど、書いてみようと思う。
映画の中で警察や公務員はいつも適当な事を言われていたし、怒鳴られていたし、騙されていた。モロッコではあちこちの人に言い合わせたかのように嘘をつかれ目的の家に辿り着けないでいた。日本でもチエコの母の死について嘘の証言をされていた。メキシコ国境でもそこを通り抜けるため適当に受け答えされてた。
チエコが初めて本当の事を話したけど、警察はその目的でなかった。
メキシコでもアリシアが子供についての思い入れを語ったところで、強制送還には変わり無かった。
モロッコでは銃と覗きについて打ち明けるのもあったけど、一方では尿意について打ち明けた。
本当の事を話した人はみんなハグをしていた。
「それで助かるかどうか分からないけど、本当の事を言ってハグしあえばいいんじゃないかな、不幸が起こる時は仕方なく起こるし」って映画だったのかなあと思った。
チエコのメモは何が書かれていたのかは、いくら映画を観ていても分からないつくりになっていたと思う。中身は分からないけれど「鋭い洞察」と「疎通の可能性」を思わせる何かだったんでないかと、私は期待する。人には真実を見抜ける能力がある事とそれを他人になんらかの方法で伝えられる事をこの映画では、このメモで示しているように私は考えた。
あまりに救いの無い映画だったので、私が無理に救いを求めた結果の解釈かも。
【追記】
最後のメモ周辺についてネットでいろいろ見て周ったら、「チエコが最初に刑事に語った母の死の真相は刑事の気を引くための嘘」と言うのが多数意見でした。
と言うワケで、やはり警察は嘘をつかれまくり。
父は警察に嘘をつく必要も無いので、真実を伝えてるって。
チエコのメモもチエコの気持ちが書いてあるだけで、特にどうこうと言う事は無くて、映画的に余韻を持たせてると考えると、納得出来るとか?