映画「博士の愛した数式」

私は大学時代に数学を勉強していたので、この原作が発表された時からずいぶん人から勧められた。しかし、立ち読みで数ページは読んだものの、なんだか嫌な予感がして小説は読まないでいた。今回、それが映画になったと言う事で、観に行って来た。
数学者や数学がストーリー上登場する作品はこれまでもよく人から勧められた。
ビューティフルマインド」「グッドウィルハンティング」「ジュラシックパーク」「キューブ」「π」「わらの犬
最後のはジョークなんだけどね。
ともかく、この映画に限らず数学者の描かれ方には不安がある。「そんな数学者いないだろ」と言いたくなる映画や作品が少なくないのだ。小説が読めなかったのもその点が問題だった。
しかし、映画を観てなんとなく完全な無理もないし、こんな数学者もいるかなぁと思えた。ストーリーにちゃんと博士が数学者でないといけない理由もあったので、その点でも安心した。心温まるストーリーだとか聞いていたが、私には他の点ばかり目がいってしまいストーリーを味わう事は全く出来なかった。残念。他の点と言うのも、黒板に書いてある数式や、数学と解説する言葉なので、この記事を読んで「この映画は感動できないのか」とか言う判断を決してしないで欲しい。


私はこの映画を見て「はは~ん、これ○○と言う数学者のあのエピソードが元ネタだな」と言うのがバンバン目に付いた。それがあまりに気になったので、帰り道に本屋に寄り、原作小説を手に取り著者の経歴と参考文献を見た。「やっぱりか」と思った。
多分、著者の人はこの事を知らずに「記憶が80分しか保てない数学者」と言うキャラクターを考えたのだと思う。実は数学者は得意な事についての記憶は永遠なのだけど、日常的な事は1日、そして気にならない事についての記憶は10秒と保たれないのだ。つまり、事故が原因で記憶が80分しか保たれなくなったと言う設定だったが、実はそうでなくても数学者は日常的には記憶は1日が限界なので、私はそんなところにリアリティを感じてしまった。映画の中で博士は「ところで君の誕生日はいつだい?」と言う質問を繰り返すが、めちゃめちゃ当たり前の出来事だと私は思った。分かる人にだけ分かる物凄いリアリティだ。
数字についてのエピソードは、ラマヌジャンやポール・エルデシのエピソードのまんまだった。人をドキッとさせる点もあるように思うが、あれは実は丸暗記の範囲でそんなにもスゴイ事でない。しかし、黒板にパッと分からないような数や数式をスラスラと書く姿は、私は大学時代に観たある教授を思い出した。物凄い数式をサラサラ書く人がいる反面、逆に4~5文字づつぐらいでしか数式を黒板に書けない人もいる。サラサラと書く人には本当に驚かされる。もちろん私にはそれは全く出来ない。ノートから黒板に2文字づつ数式を写す事になる。そして「いっそプリントを作って配れ」と指摘された。
残念な点を挙げれば博士が「数学の証明は美しくなければならない」と言うのは大間違いで、これはアマチュア数学愛好家の言う言葉だ。この言葉自体はアインシュタインの言葉なのだけど、これは自分の手の届かなかったものについての言葉なのだ。一般的に数学者の認識は映画の中のこの言葉の逆で「完璧主義は何も成し得ない」だ。「数学の証明にはときどき美しいのがあるからいいと思うし、その発見に立ち会えたら格別に嬉しいね」本当の言葉を考えるとこんな感じになるだろうか?最先端の研究では「まさか、どーしてこんな事をしないといけないの?」と言いたくなるぐらいに泥臭い研究が多いし、それがないと数学は発展しない。証明の美しさを求めるのは、余暇の過ごし方と言える。それを数学の本質として追求するプロ数学者はいない。でも、美しい証明に価値を感じるのは間違いではない。入門者を引きつけるためや、道具として使いやすくするためなど、他の重要な意味がいっぱいある。
そうそう、普通に観た人は映画の中で博士が論文を雑誌に投稿にしそれが採用されたと報告を受け取るシーンに疑問を感じなかっただろうか?なんで記憶が80分しかもたない人が数学の研究が出来るの?と。実はこれは物凄い真理を突いていて、数学は記憶力よりも記録力の方が重要なのでこれは可能な事なのだ。しかも、作中の博士の専門分野は数論っぽいので、すでに強力な数学能力を持っているとすればよりこれが可能な事だとうなづける。著者はどこからこのアイデアを得たのだろう?なんだか不思議。
(これを書くと毒舌になるのだけど、作中で雑誌の名前が出てくるが私はきっとそれは「数学セミナー」の間違いだろうと思った。博士の投稿したのはきっと名物コーナー「エレガントな解法を求む」だったんじゃないだろうか?)
ルート君が、映画の中では成長し教師になり中学校っぽいところで教壇に立ち数学の面白みについて語っていたが、あれは私には時々激痛が走った。痛くて見てられない!こういうカブレかたもあるのかなぁと。「ガロアとアーベルが~」とか言い出さなくて助かった。突っ込む個所は山ほどあれど、ひとつに絞ると彼の言っていた「これはオイラーの公式といいます」は大間違い。その直前に「これは18世紀最高の数学者レオンハルト・オイラーの発見した公式で~」と言っているにも関わらずこれは痛い。数学の世界で「オイラーの公式」と呼ばれる物は200個ぐらいあるのだ。オイラーの論文を集めたオイラー全集って本は全74冊で5万ページ超にもなっているんだよね。(数学の分野に限らないのだけど)18世紀最高の数学者の業績が1個の公式ではないだろう!で、中学校の範囲で「オイラーの公式」と言えば「面-線+点=2」だ。残念過ぎて涙出そうなシーン。
多分、著者は吉田武氏の著作をたくさん読んだのだと思われる。博士が野球好きと言うのもここから来ていると思った。また、博士の愛した数式自体も氏のベストセラーの本がある。作品中の話題もだいぶオイラーに偏っていると思った。確かに作中で博士の愛した数式が世界で数人にしかその美しさを理解出来ない数式を愛していて、それを10歳の少年に語っていたとしたらヒクから、まぁこの辺が妥当かと。
最後に前回の記事の種明かしと、作中にあった稀な知識の証明をしておこう。
完全数は実は偶数のものであればこのように表される。
2n-1(2n-1)
この式が完全数となる条件は2n-1が素数である事である。私は前回、この条件を忘れたために、120を完全数と勘違いしたのだ。
完全数は下からいくつか書くと、6, 28, 496, 8128だ。
作中ではこれが約数の和だけでなく連続する自然数の和になる性質があると言う話題が出てきた。
6=1+2+3
28=1+2+4+7+14=1+2+3+4+5+6+7
ここで、高校で習う公式を思い出して貰いたい。mまでの自然数の和の公式はこうだ。
1+2+3+…+m=m(m+1)/2
上の偶数の完全数の式とこれを繋げるのは簡単で、m+1=2nとしたら良い。と言うわけで偶数の完全数が自然数のいくつまでの和で表されるかもこれでハッキリ分かった。実はこれは私は作中で初めて聞いた数学的事実だった。密かに驚いた。驚いたところで、寝る。バタ

「映画「博士の愛した数式」」への14件のフィードバック

  1. そうそう、この作品はエルデシについての本からの影響も強く感じた。例えばこれ。
    http://books.yahoo.co.jp/book_detail/30669243
    エルデシは常に子供を「イプシロン」と呼んでたんだよね。
    本当に、作中のルート先生も「博士の愛した数式」の著者もいい感じに数学にカブレテルなぁ。でも、あまり感染力は強くなさそうだけどね。

  2. この映画は自分も気になっててそのうち見に行こうと思ってました。自分は数学の知識は義務教育の範囲でさえなくなってしまったけど・・・
    わかる人が、見るとわかるから楽しいというとこと、わかるかた痛いってのあるよね。
    俺はその点、何にも心配ないから(感動もの?)というところで、単純に見に行ってみようかな。

  3. 面白そうですね。
    昔、ある知り合いが「プログラムは簡明で美しくなければならない」といっていたのを思い出しました。(彼はおそらく今シリコンバレーで活躍しているはずなんだけど、今はどう思っているのかな?)

  4. コメントが付いてからで申し訳無かったけど、記事の内容に結構手を加えたよ。分かり難かった点や、間違った点を直したよ。
    あと書き漏らした事があった。
    一般的に誤解されがちなのだけど、数学者は社交的でないと思われるようだ。でも、実は数学者はとても社交的な人達だ。何故なら彼らは数学に対して自分がいかに無力であるかを痛感して知っていて、それに立ち向かうためには仲間で集まって協力しあう事が最高の方法であると知っているから。
    数学者は社交的です!
    中学校の頃の私の姿から考えるとこの記事には少し驚いたかな?>タカオっち
    映画はそれほども流行ってないかも、観るなら早く行くことを勧めるよ。
    数学語は美しくて強靭なので泥臭い事を記述しても読めるのだけど、コンピュータ言語はそうでないので綺麗に書かないと読めなくなるからかなぁ?>Yah
    または、プログラマーの記憶力がモニター1画面分なので、綺麗に1画面に納まるようにプログラムを書かないと読めなくなるかなぁ。
    実は、美しくて最速のプログラムロジックを作り上げて、その点の処理速度が5倍になったとすると。現実的にこれまで1週間かかっていた事が1日で出来るようなる。日次処理として1日の最後にやっていた処理を、1日に何度か出来るようになる。しかも、世界中のすべてのコンピュータで。と言う事は激しく経済効果が高い!だから、美しいロジックを組み立てる事はとてつもなく価値のあることだよ。その元になる数学理論はやっぱり価値があるよ。例えば、MRIの人体輪切り画像処理がそうだよ。

  5. メモ書き:
    直木賞の「容疑者Xの献身」は数学にハマルキャラが出て来るそうな。このミステリーがすごいとか言うのに紹介されて、大人気だそうな。数学をやってた人が読むと、背中がムズムズするそうな、、、。うう、微妙だなぁ。。。

  6. 何やら難しいお話でちんぷんかんぷん(笑)
    先日はどうも♪
    ようやく、リンク作業完了したので、ご挨拶^^
    と言うワケで、よろしくです♪

  7. ロジックが美しいのはなんとなく素人目からもいいような気がするです。
    なんとなく、なんだけど。
    数学、わからなかったところから勉強し直すかなぁ…

  8. リンク確認しました、ありがとうございます。>えむちん
    数学の話も本当は分かってるんでないのー?ふふふふ
    「美しいロジックはあらゆる面で効率が良い」と言えば良さがハッキリするかな?>Yah
    って、ちょっとごり押しだけど。
    ちなみに「勉強し直すかなぁ」は、いつも言ってる希ガス。ははは

  9.  見てないのだが、誰も突っ込まないので言っておく、「メメント」の設定(記憶が10分だから違うが)で別の話を書いた様な気がしますニャ。全く違う話らしいですけどニャ。
     それにメメントは逆から見せるアイデアが凄いのであり(ストーリーは単なる復讐)、こっちは普通ニャ。

  10. 「メメント」はかなりあちこちに影響を与えたすごい映画だよね。観た事あるよ。>Dr.alpha
    「メメント」は時系列で過去のエピソードが1~10、現在のエピソードが11~20とすると、映画の構成は
    20→1→19→2→18→3→17→4→、、、→12→9→11→10
    となってたと思う。クライマックスで大納得のナイスミステリー!(?
    DVD特典で「時系列再生」ってあってそれを選ぶと
    start 1→2→3→、、、→19→20 end
    と出来る。めちゃ分かりやすい!で、内容はこっちはヒューマンドラマになる。
    実は作成段階ではこうだったけど、凡庸な編集段階で上の構成に変えたんでなかったかな?
    「記憶を失うキャラ」は「メメント」で大きく紹介されたけど、以前からも時々あったキャラだよね。健忘症とか。私は木原敏江氏のマンガ「花の碑 鵺」がすげぇ!と思ったよ。
    「博士の愛した数式」と「メメント」の関連は薄いかも。「メメント」の影響が間違い無いのは「ジョジョの奇妙な冒険 第6部」だと思うよ。

  11. Dr.alphaではなくProf.Alphaですニャ。

  12. ありゃ本当だ。ごめん、間違えた。>Prof.Alpha
    Internetの出来ないパソコンでコメントを書き溜めて、後で貼ったのだけどその書いた時点で間違ってたみたい。急いでレスしないといけないとは思ったものの、、。ごめんね

  13. 「しっぽでごめんね」(小説)にメメントの影響がある気がしますが(繭菓が記憶できないのでメモとるとか)マイナーすぎる。

  14. それはさすがに知らなかったですね。>Prof.Alpha
    最近、TVを見てた時に「精神的ショックで記憶が曖昧になる」と言うのを見て、「はー人の記憶ってそんなにもろい物なんだー」と思ったよ。私自身も短期記憶が非常に弱いんだよね。ちょっとメメントっぽいとこある。興味ある事はバッチリ覚えられるよ、FCLRの面とか。

Yah へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です